京都地方裁判所 平成10年(ワ)1977号 判決 1999年2月15日
主文
一 被告は、原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する平成一〇年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、訴外京都新建築株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し、別紙物件目録記載の不動産(以下「本件建物」という。)について別紙担保権目録記載の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を有し、別紙請求債権目録記載の債権を有するものであるが、訴外会社が右債務の履行をしないため、本件根抵当権の物上代位権に基づき、京都地方裁判所に対し、訴外会社が被告に対して有する別紙差押債権目録記載の債権(賃料債権)について、債権差押命令の申立てをした(京都地方裁判所平成九年(ナ)第八〇九号債権差押命令事件)。
2 京都地方裁判所は、右事件について、平成一〇年一月二三日、債権差押命令(以下「本件差押え」という。)を発し、その正本は訴外会社に対して平成一〇年一月二八日に、被告に対して同月二四日にそれぞれ送達された。
3 右賃料は月額三〇万円である。
4 よって、原告は、被告に対し、右債権差押命令により取立権に基づき、平成一〇年二月一日から同年六月三〇日までの本件建物の賃料一五〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成一〇年七月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因事実はすべて認める。
三 抗弁(相殺)
1 被告は、訴外会社に対し、両者間の本件建物についての昭和六〇年一一月一四日付賃貸借契約締結に際し、保証金三一五〇万円を預託していたが、被告と訴外会社は、平成九年二月三日、本件建物についての従前の賃貸借契約を平成九年八月三一日限り解消し、同年九月一日以降あらためて本件建物について保証金を三三〇万円、賃料を月額三三万円(共益費を含む)の約で賃貸借契約を締結すること、この保証金は右の従前の賃貸借契約における保証金の一部を充当すること、保証金の残額二八二〇万円は平成九年八月三一日までに訴外会社が被告に返還することを約した。
2 被告と訴外会社は、平成九年九月二七日、右の新賃貸借契約及び右保証金二八二〇万円の返還債務について左記のとおりの合意をした。
記
(一) 訴外会社は、被告に対する右保証金返還債務を平成九年八月三一日までに履行できなかったことを確認する。
(二) 右の新賃貸借契約における平成九年一〇月一日以降の賃料を一か月三〇万円とする。
(三) 訴外会社と被告は、右(一)の保証金債務のうち一一六八万六五〇〇円の支払債務と被告の訴外会社に対する賃料及び消費税支払債務とを次のとおり対当額で相殺する。
(1) 本件建物の平成九年九月分の賃料(共益費を含む。)及びこれに対する消費税一万六五〇〇円の合計三四万六五〇〇円と右保証金債務のうち三四万六五〇〇円とを平成九年九月一日に相殺した。
(2) 本件建物の平成九年一〇月分から平成一二年九月分までの一か月三〇万円の賃料及びこれに対する消費税一万五〇〇〇円との合計額をそれぞれ各月の前月末日に右保証金返還債務と対当額で相殺する。
(四) 訴外会社は、被告に対し、右保証金返還債務のうち一六五一万三五〇〇円を平成九年一二月三一日限り支払う。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実はいずれも知らない。
仮に抗弁事実が存するとしても、本件根抵当権の物上代位に基づく本件差押えは、右の相殺の合意に優先する。
第三 証拠(省略)
理由
一 請求原因について
請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。
二 抗弁について
証拠(乙一、三、七)によれば、被告の抗弁事実をすべて認めることができる。
そこで、抗弁で主張されている相殺の合意と抵当権の物上代位に基づく本件差押えとの優劣関係について判断する。
まず、相殺は、互いに同種の債権を有する当事者間において、相対立する債権債務関係を簡易に決済し、もって両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする合理的な制度であって、このような関係にある者は、相手方の資力が不十分な場合においても自己の債権について十分な弁済を受けたと同様な利益を受けることができる点において、受働債権につきあたかも担保権を有するにも似た地位が与えられるという機能を有するものであるから、このような関係にある者の相殺権行使の期待は十分に保護すべきである。他方、抵当権(根抵当権)に基づく物上代位権もいわば抵当権(根抵当権)の変形物として、差押えを前提としてではあるが、抵当権(根抵当権)と同じ優先的効力が認められるべきである。この物上代位権は、抵当権(根抵当権)の登記によって、抵当権(根抵当権)者が目的債権についてこれを行使することがあり得ることが公示されているというべきであるから、これに抵当権(根抵当権)と同様の優先的効力を認めても第三者に不測の損害を与えることはないというべきである。
そこで、この相殺権の行使と抵当権(根抵当権)に基づく物上代位権の行使とが衝突する場合に、そのいずれを優先させるべきかということが問題となるが、少なくとも、本件のごとく、抵当権(根抵当権)が設定されかつその設定登記がなされた後に、当該抵当目的物件について賃貸借契約が締結されかつ賃借人から賃貸人に保証金が授受され、この保証金返還請求権と賃料債権との相殺の合意がなされたような場合においては(本件根抵当権についての設定登記は昭和六〇年九月二七日付でなされており、抗弁で主張されている賃貸借契約の締結、保証金の授受、相殺の合意はいずれもそれ以降になされている。)、保証金を支払った賃借人としては、右保証金支払の時点において右抵当権(根抵当権)の存在を認識し得たものであり、かつこれに基づき賃料に対して物上代位権が行使されることも十分に予想し得たものというべきであるから、登記という公示方法を前提として排他性を具備するに至った抵当権(根抵当権)に基づく物上代位権の行使が右保証金返還請求権を自働債権、賃料債権を受働債権とする相殺権の行使に優先すると解するのが相当である。かように解さないで右の相殺権の行使を抵当権(根抵当権)に基づく物上代位権の行使に優先させるとすれば、抵当権(根抵当権)者の目的物の価値把握についての期待を裏切ることになるし、ひいては、抵当権(根抵当権)設定者において抵当目的物件について賃貸借契約を締結し、多額の保証金を受領するという方法によって容易に抵当権(根抵当権)の効力を実質的に無価値にすることができ、抵当権(根抵当権)者に著しい損害を及ぼすという不都合な事態を招来することにもなってしまい相当ではないことからしても、右のとおり抵当権(根抵当権)に基づく物上代位権の行使が右の相殺権の行使に優先すると解するのが相当である。
したがって、抵当権の物上代位に基づく本件差押えが抗弁で主張されている相殺の合意に優先するというべきであるから、被告の抗弁は失当である。
三 結論
以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成一一年二月八日)
(別紙)
物件目録
所在 京都市西京区大枝中山町七番地一三四、七番地八、二二番地一
家屋番号 七番一三四
種類 店舗・事務所・車庫
構造 鉄骨造陸屋根地下二階付四階建
床面積 一階 三六二・二三平方メートル
二階 三六三・八〇平方メートル
三階 三六三・八〇平方メートル
四階 三六三・八〇平方メートル
地下一階 四六〇・七四平方メートル
地下二階 四五四・〇三平方メートル
担保権目録
昭和六〇年九月二七日設定、平成六年八月一七日分割譲渡の別紙物件目録記載の建物に対する根抵当権
極度額 五〇〇〇万円
債権の範囲 銀行取引・手形債権・小切手債権
(登記)
主登記 京都地方法務局向日出張所昭和六〇年九月二七日受付第一七五二〇号
付記登記 同出張所平成六年八月一七日受付第一五七二四号
請求債権目録
元本 二六〇〇万円
但し、昭和五二年一〇月八日付取引約定及び別紙約束手形目録記載の約束手形により返済期日を平成八年四月四日と定め、訴外会社に貸し付けた三億七〇一六万四九五八円の残元本三億二九〇三万六八四六円の内金
約束手形目録
金額 三億七〇一六万四九五八円
満期 平成八年四月四日
支払地 長岡京市
支払場所 株式会社京都銀行長岡支店
振出地 長岡京市
振出日 平成八年一月三一日
受取人 原告
差押債権目録
九〇〇万円
但し、債務者兼所有者訴外会社が別紙物件目録記載の建物のうちの一階部分について、第三債務者(被告)に対して有する賃料債権のうち前記債権差押命令送達以降支払期にあるものから頭書金額にみつるまで